夜間や計器飛行状態で飛行する場合、「体性加速度錯覚(ソマトグラビック・イリュージョン)」を理解し、それに対処する方法を知っておくことが重要です。
体性加速度錯覚とは?
体性加速度錯覚は、飛行中の急加速や急減速によって生じる錯覚です。この錯覚は、外の視界が限られているときに起こりやすく、実際の飛行計器の表示よりも、自分の身体感覚に基づいて反応してしまうことが原因です。
加速すると、身体は機体が上昇(機首上げ)しているように感じるため、自然な反応として操縦桿を前に押して機首を下げてしまいます。
逆に減速すると、身体は機首下げを感じるため、操縦桿を引いて機首を上げようとする反応が起こります。
この錯覚は減速時にも起こり得ますが、最も一般的な例のひとつは、視界不良や夜間の条件下でゴーアラウンド(着陸復行)中に急加速する際に発生するものです。
たとえば、あなたが計器進入中だとしましょう。決心高度(Decision Altitude)に到達しても滑走路が見えません。そこでゴーアラウンドを行うために出力を上げ、ゆっくりした進入状態から急加速の上昇姿勢へと急激に移行します。コックピットで出力やフラップ、着陸装置の設定を変更するために下を向きます。そのとき心のどこかで「機首を必要以上に上げすぎている」と感じ、姿勢指示器を確認せずに反射的に機首を下げる操作をしてしまいます。数秒後、あなたの機体は機首下げ状態で地面に向かって降下しているのです。
では、なぜあなたの身体は、これほど重大なミスをこんなにも簡単に引き起こしてしまうのでしょうか?
その答えは、「内耳の仕組み」にあります。
内耳の感覚
動きや平衡感覚、空間の方向感覚に関する情報は、「前庭系(vestibular system)」とその周囲の器官によって提供されています。
この前庭系は、耳の中やその周辺にあり、身体がどのように動いているかを感知する重要なセンサーなのです。
内耳の耳石器(うち、特に「卵形嚢(utricle)」)の中には、細かい毛(有毛細胞)があります。これらの毛は、身体が動くと前後に曲がることで動きを感知します。
下の図にあるように、加速や減速によってこれらの毛が傾く動きは、頭を前や後ろに傾けたときと同じ反応を示します。
そのため、飛行中に加速や減速が起こると、前庭系は「機体の姿勢が変化した」と誤って脳に伝えてしまうのです。
つまり、あなたの脳は本来の飛行姿勢とは異なる「誤った飛行姿勢」を感じ取ってしまうのです。
対処法
ソマトグラビック・イリュージョン(体性加速度錯覚)の影響を打ち消すには、自分が感じた飛行姿勢に反応する前に、必ず計器を確認することを忘れないでください。特に作業負荷が高く、視界が悪い状況では重要です。
計器のスキャンパターン(順序だてた視線の動き)を維持して、常に安全な飛行姿勢を保ちましょう。また、頭を急に大きく動かすことは避けてください。そうした動きが錯覚を強める原因になります。
身体が伝えてくる感覚は、必ずしも正確ではありません。ソマトグラビック・イリュージョンは、ときに非常に強烈に感じられることもあります。
「計器を信じろ」という言葉は、ありふれて聞こえるかもしれませんが、飛行中の錯覚を克服するために持てる最良の武器であることに変わりはありません。
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